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名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)3号 判決

控訴人 蜷川式三郎

被控訴人 榊原ひさ子

主文

本件期日指定の申立は却下する。

理由

当事者双方の訴訟代理人連名をもつて昭和三十一年十月五日本件につき期日指定の申立をした。よつて記録を調査するに、本件は昭和三十一年三月二十日の口頭弁論期日に当事者双方が出頭せずその後三ケ月内に期日指定の申立がないので民事訴訟法第二百三十八条第三百六十三条第二項に則り同年六月二十一日控訴の取下があつたものと看做して処理されたことが明白である。

尤も右口頭弁論期日には控訴代理人申請の証人東海銀行岩成支店某と被控訴人申請の証人竹内良平を各尋問することになつていたところ、右証人某については証人申請の手続をなさず、証人竹内良平不出頭のためいずれも証拠未了ではあるが右法条の適用を妨げるものではないと解する。本件の様に当事者の申請した証人を採用して次回期日に訊問する旨告げてある場合でも該期日に於ては単に右証人訊問を為し得るのみで口頭弁論を為すことを得ないと云う法則のないのは勿論、先ず右証人訊問手続を完了した上でなければ口頭弁論を為すことは絶対に出来ないと云う訳でもない。訴訟の進行上妥当と認められるときには先ず事実上の主張答弁を命じ又は他の証拠調を進め其の後に前記証人訊問手続に入ることも実務上まれではないのであつて、右は特別に制限規定のある場合の他は民事訴訟法に違反する手続と謂うことは出来ない。

従つて休止満了の規定を適用するに付いて証人を訊問すべく予定せられた期日を他の期日と区別し別異に取扱うべき理由は少しもないと謂わねばならない。訴が提起せられ訴訟繋属の状態が発生すれば裁判所は審理判決を為すべき義務を生ずると共に之を終局の目標として裁判所にも当事者にも種々の権利義務の関係所謂訴訟法律関係を生ずるのであるが其の進展の段階に応じて或いは当事者に主張答弁を為すべく予定せられ或いは裁判所に於て証人訊問を為し又は調査の嘱託書類の取寄を決定し其の取調を為すべく予定せられて次回の期日を指定するであろうけれども該期日は一種類の訴訟行為のみ行うべく固定せられたものでなく、又訴訟行為の行われる順序も固定せられ絶対に不動なものではないのであつて、訴訟の目的を合理的に達成する為随時適当に変更せられることは当事者として当然覚悟すべきことである。民事訴訟法第二百三十八条の口頭弁論の期日とは訴訟に於て裁判所に於て開始せらるる一切の期日を指称するもので、裁判所外に於て開始せらるる証拠調の期日と判決言渡の期日のみが其の例外を為すものである。又同条に所謂「弁論を為さずして退廷する」との意味は何等の訴訟行為が為されず期日が終了し従つて裁判所に於て新期日を指定すべき義務を発生する事由なき侭期日未定の状態を現出したことを謂うもので、主張答弁を為すべく予定された期日に之を為すことなく退廷した場合であると証人訊問を為すべく一応予定された期日に訊問を為すことなく退廷して了つた場合であるとを区別せず適用ありと謂うべきである。証人訊問を為すべき期日に不出頭であつても訴訟取下の意思ありと推測出来ないから前記法条を適用すべきでないとの説があるけれども、証人訊問を為すべく予定せられた期日に不出頭の当事者の主張答弁を為すべく予定された期日に不出頭の当事者との間に取下の意思の有無を推測する点に区別すべき合理的の理由がないのみでなく実務の実情から見て期日に不出頭の当事者に休止満了の規定を適用する場合の大多数の場合は、当事者は取下の意思を有せず従つて訴訟取下と看做さるることは甚だ迷惑に感ずる場合が多いであろう。只だ明示で取下書を提出することが示談等の関係で好ましくない特殊の少数の場合にのみ例外をなすのである。若し民事訴訟法第二百三十八条が当事者に取下の意思ありと推測し得ることを前提として該意思を認容し之に副うことを志向した規定と解するならば実務の実情を無視した意思の推測であると謂わねばならない。

惟うに同条は民事訴訟の急速な処理は公益上極めて重要なりとし当事者にも之に協力することを強く要求することを目的とした規定で、期日未定の儘の事件に付当事者の側より自発的に期日の指定を求むる意思なき場合に裁判所の側より職権で期日を指定しても実効の少ない実務の事情を参酌すると共に当事者に訴訟の促進に協力する様に督促する為に当事者の意思に反する場合のあることは当然考えられるけれども止むを得ずとして設けた規定と解しなければならない。同条の中心は事件の期日が未定であり而かも裁判所の側に於て職権で期日を指定すべき事由なきに拘らず三ケ月以上の期間に亘り指定の申立を為すことなく放置することを防ぐ点にあるのである。其の間取下の意思なき旨を表明した書面を提出して居ても該書面に期日の指定を求むる意思が認められぬ限り同条を適用する妨げとならないのは右の理由に依るのである。この場合と峻別すべきは受託裁判官又は受託裁判所における証拠調未了の場合には右法条を適用し得ない点である。受託裁判官又は受託裁判所は受託の履行として証拠調を結了して記録を送付すべき義務を負担しているから証拠調期日に証人が出頭しないときは進んで職権をもつて期日を指定してこれを結了すべきであり、当事者はその指定を待つは看易い道理である。この場合に当事者の期日指定申立の解怠をもつて取下を擬制することは許されない。大審院昭和八年(ク)第五六〇号決定は後者の場合について説示したものであつて本件には適切ではない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

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